日本デイケア学会

昨日は、日本デイケア学会に参加してきました。

事務局は私の元職場です。
そして、本来ならば、私がやるべき仕事も多々あったのですが、突然の退職という事態に多くの迷惑をかけてしまった学会でもあります。

その罪滅ぼしとでも言いますか、とにかく見届けなくてはという思いで、針のむしろになるだろう覚悟で臨んだわけですが、皆さま本当に温かく迎えてくれ、大会長も「人生、紆余曲折ある。それがあたりまえ、いろいろあるよ。いろいろ。僕なんてもっとあるよ」と笑って迎え入れてくれました。

涙が出そうになりましたがこらえました。

そして、元同僚たちも、堂々と発表し、学会を運営されていました。

みなさんの顔を見るたび、「ごめんな、ごめんな」とは呟くものの、笑顔を作るのが精いっぱいで、なかなか話しかけられず。

しかしながら思いました。
やはり、私はここの人間なんだなと。

何も知らないど素人の私を育ててくれたのはここであり、ここに通院されていた患者様でありその家族です。

正直いろいろなことを揶揄されるクリニックではありますが、私にとっては故郷岡山から離れ、一人で生きていくための場所であり、理事長は親代わりであり、クリニックは第二の家であり、スタッフ、メンバーはまさに家族でした。

デイケアで過ごしている時間は家にいる時間より長く、家族よりも長い時間を過ごし家族よりも多くの会話をさせていただいたデイケアメンバー。

今日はその近くを通るだけでしたが、街を歩いている姿を拝見するだけで、心温まるのは、やはり人と人の温かみを感じあえる存在だったのだなと思います。

できることなら戻りたい。
しかし、もう歩み始めた自分にとって戻ることはできません。
でも、戻れなくても私の「ふるさと」なんだなあということを確認できただけで嬉しかったです。
本当にうれしかったです。

大切な「ふるさと」です。

ふるさとは遠きにありて想うもの・・・・か。
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや


Posted by 星島一太. at 2008年09月21日02:02

カウンセリングマインド

いつからか見失いかけていたものを
ギリギリのところで救ってもらいました。

しばらくは落胆するしかないようです。
しかも今回の落胆はかなりの大きさです。

今もようやくここに書くことができています。

今までどこかにひっかかっていた何か。
それが見えてしまった。
見えてしまったからこそ苦しむことがあります。

しばらくはここから身動きがとれなさそうです。
でも、それがステップです。

そこにいるしかないから今はいる。
それでしかないです。

Posted by 星島一太. at 2008年09月19日01:49

井上玲奈選手

先日、中学の同期会があり、「ほっしん(少年時代のあだな)の名前でネット検索したらいっぱい出てくるで」と言われ、実際調べてみるとかなり出てくることに気づきました。

その中でも特にきになるのが、この「あの人検索スパイシー」というページで
http://spysee.jp/%E6%98%9F%E5%B3%B6%E4%B8%80%E5%A4%AA
様々な人とのつながりが図で示されいます。

甲本ヒロトさん、水道橋博士は中学の先輩。
犯罪心理学、司法精神医学で有名な小田晋先生は高校の先輩。
テリー伊藤さん、松村邦洋さん、林家きく姫さんはTVで共演した人。
北京オリンピックで大活躍したソフトボールの上野由岐子 選手も入っています!
ボクシングでは山口圭司選手や、あの内藤大介選手!!
ジャック・デンプシーさんは会ったことないんですが・・・・
エンタツ師匠も・・・・

完全なつながり検索ということではなさそうです(笑)

でも、すごいですね~~。
人の人間関係までも誰もがネットで見れてしまう時代。
関心しました。

そしてなんといっても、井上玲奈選手。

今、アフラックのCMに出てます。






皆さん、ご存じですか?

癌で最愛の父を亡くし、そして自らも肺がんに罹患していることが発見されましたが、克服。
単身アメリカに渡り競技生活を続けるものの、相次ぐ失敗に一時はPTSDという精神障害まで発症。
しかし、そんな井上選手を支えたのはフィギアスケート競技でのパートナーでした。
そして、この氷上のプロポーズ。

もうこの時の井上選手の表情が何ともいえません。

涙、涙です。
出来すぎです。

あきらめないこと・・・・

大切ですね。

Posted by 星島一太. at 2008年09月16日22:33

川崎タツキ(薬物依存症と闘うプロボクサー)



今日の「THEサンデー」(日本テレビ系列 朝8:00~)観られましたか?

刺青ボクサー川崎タツキの特集でした。

実は、先ほどまでタツキさんと電話でお話させていただいておりました。

タツキさんは、薬物依存症でありながら、プロボクサー。

荒れに荒れた少年時代をすごし、ヤクザの道に入り、背中には立派な入れ墨。
そして覚せい剤に手を染め、薬物依存症に。
何度も自殺未遂を繰り返したあげく、薬物依存症回復施設「沖縄ダルク」へ。
そしてボクシングと出会い、その後の活躍は多くの皆様の知るところです。

タツキさんとは、数年前、テレビ東京の番組、「東京マヨカラ」で共演させていただきました(動画参照)

私はマイナープロボクサーで、薬物依存症の治療に携わる人間。
タツキさんは、トッププロボクサー、薬物依存症という病を持った人間。
そういった設定で、吉本興業のハリガネロックさんの司会で行われる若者とのトーク番組でした。

今でも思い出すのは、控え室での会話。
二人きりになったとき、タツキさんが言いました。

「本当の回復は、ボクシングを辞めてからだと思います」と。

衝撃的でした。でも、やはり薬物依存症という病気はそうなんだなと再認識しました。

薬物依存症は、何年、何十年止め続けていたとしても、一回、たった一回使用しただけで、枯れた井戸に呼び水を入れるがごとく、すさまじい勢いで再燃してしまう病気です。

奥様の献身的な愛に支えられ、
多くの人の愛に支えられ、
そしてボクシングに支えられここまで来たタツキさん。

あんなに強くて、どんなに劣勢に立たされても「前へ、前へ」と下がらないタツキさん。

そんなタツキさんでも「薬物依存症」という巧妙にて不可解、そして強力な病の前には無力なのです。

ただ、先ほど電話で話をしていて思ったことがあります。

タツキさんには愛する家族がいる。
そしてタツキさんを世界一愛する家族がいる。

普通、依存症の場合、家族は別れること、離れること、手を放すことを指導されます。

それは、家族や周囲が本人の問題をしりぬぐいすることで、本人は自分の問題を自分の問題とすることができず、回復が妨げられるという考えからです。それらは共依存と呼ばれ、それは家族もダメな本人をお世話することで、ダメな自分の存在価値を高めることができ、本人も病気になることで、本来なら注目されない自分が注目される・・・などといった共に依存しあい関係で成り立つ関係です。

しかしながら、その先は、本人は薬物を使用し続けますし、家族もお世話することに疲れ果て倒れ、共だおれです。
よって、回復へのきっかけとして、家族が手を放すことが重要視されてきました。

しかしながら、タツキさんのケースはその逆です。
教科書には書いていないことをやってのけているのです。

奥様は絶対に、絶対に、絶対に、諦めませんでした。
周囲から反対されても、責められても、なじられても、絶対にタツキさんを見捨てませんでした。

結果は、

あの荒れ果てていた、自殺を何度もしたタツキさんが
今や多くの人に勇気と希望を伝える人に。


タツキさん。
1日の試合で負けてしまいました。

相手はこれまた私の大好きな新井恵一選手です。新井君もまたすばらしい男です。

ただ、お互い生き残りをかけた命がけの勝負です。
勝負には勝ち負けという白黒がはっきりつきます。

新井君も、先日音田君に敗れ、絶対に負けられない戦いでした。
タツキさんも絶対に負けられない戦いでした。

結果は、新井君のTKO勝ち。

タツキさんは、日本チャンピオンという頂を目指したレースに生き残ることはできませんでした・・・・


これが、勝負の世界です。
これがプロの世界です。


しかし、さきほどタツキさんと話していて、よかった・・・・と思いました。

タツキさんの次戦。
12月。


この試合を組んでくれた有沢会長。
誰よりも、タツキさんを大切に感じてくれている有沢会長。

タツキさんは、有沢会長に「親父」を見ていました。

プロの世界で20戦以上。
しかも、「前へ、前へ!」
下がることなど知らないあのスタイルで戦い抜いてきたタツキさん。
身体が五体満足などありえません。
もうボロボロのはずです。
とっくの前からボロボロです。

普通の人なら、朝布団から起きるのも辛い。歩くのも辛い。生きるのも辛い。
そんな体です。

それでも、自分を死の底から救ってくれたボクシングと、支えてくれた仲間と共に居続ける道を選んだタツキさん。

会長、そして親父への言葉を聞いて、私は、大丈夫だ・・・と思いました。

この人は、もう一人ではない。
仲間と共に、大きな力と共に生きている。

この生き方がある限り、薬物依存症こそ無くならないが、幸福な人生を送ることができるのではないか。
私はそう思いました。

私は、タツキさんと出会えて幸せです。
タツキさんが、戦う姿。大好きです。
それはグローブをつけていようが、つけていまいが変わりません。

あの日、がっちりと交わした握手のぬくもり。強さ。
今でも、生き続けています。

Posted by 星島一太. at 2008年09月15日00:04

目黒断酒学校②

現在、ようやく13年目のシーズンをえっちらおっちら送っているところですが、まして4年目の私に、このような大役は荷が重すぎたのでしょう。

信田さよ子先生、豊田秀雄先生ときて、次に私ですから、ずっと参加されていたご家族は、そのクオリティーの低さにがっかりされていたと思います。



当時の私といえば、一応専門機関でアルコール依存症臨床をやってきましたが、もともと体育の教員を目指して、教員養成大学で教育学とスポーツ心理学を学んでおり、精神医学や精神保健福祉の知識など皆無の状態でこの業界に入りました。

ほぼ100%教員になることを固めていた時期に、榎本クリニック精神科医であり、東京学芸大学保健管理センター教授であった児玉隆治先生の強い推薦で、全く知らない業界に入ることになったわけです。あの情熱と眼力の前では「No」と言うことはできず、流されるまま、榎本クリニックにきてしまったのです。

ですから、先輩にいろいろ教えてもらうものの、言葉の意味からさっぱりわかりませんし、何をベースに関わっていけばいいのかもわかりません。

仕方なく私は、教員になればするはずだった熱血教師の路線で歩み始めます。

金八先生、そしてスクールウォーズの滝沢先生。これが私の目指すモデルです。

最初に配属された統合失調症(当時は精神分裂病)病棟では、とにかく地域を走りまわり、メンバー(榎本クリニックでは患者様のことをこう呼ぶ)と共に、買い物をしたり、家の掃除をしたり、一緒にご飯を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝泊まりしたり、と24時間四六時中、メンバーと生活を共にしていました。

若い世代のメンバーとは、デイケア終了後、一緒にお店でお酒を飲み、まだまだ話し足りないと、夜の街灯の下で、深夜まで語り合ったりもしました。休日は一緒にスポーツ観戦に出かけ、自宅にも呼んで、一緒に料理をしたり、またとことん話し合ったりなどもしていました。

常識的には絶対やってはいけないことです。今思えばですけれど。こういうのを「ボーダレス」な関わりと言うんですよね(笑)
当時の私には、それをやってはいけないという感覚がまるでなく、とにかくこの人のことが知りたい、この人のお役に立てるんだったら何でもやりたい!、そんな気持ちだけで動いていました。

また、まるで知識がなかったというのもあったのでしょう。上司からは「怖くない?」とか聞かれるものの、怖いなんて感覚はまるでなく、少々個性的ではあるけれど、自分と同じような感覚を持った人ぐらいにしか思えませんでした。全く抵抗なくすっと入っていくことができました。これまで出会ってきた体育会系のアスリートの皆様のほうが、よっぽど怖くて気難しくて、やっかいでした。それに比べると、メンバーはとてもやさしく、感受性に富み、おだやかで、人間味があり、こんなに純粋で美しい人はいないんじゃないかというぐらい、私は統合失調症の方々を好きになっていきました。

今でも思い出します。あるメンバーが亡くなる間際にってくれたこと。私が4年目。周愛利田クリニックにすでに移っている時。ある病気で集中治療室にはいったAさん。お見舞いに行ったスタッフが、「今までの人生で一番楽しかったことは?」という問いかけに対してAさんは、「一太くんと一緒に家の掃除をしたこと」と言ったそうです。そのスタッフは急いで私に連絡をくれ、「今すぐ会いにきてほしい」と言いました。私はすぐかけつけICUに入りました。Aさんはすでに体は動かずチューブで繋がれていました。しかし言葉も出ない、体も動かないものの、私の顔を見たAさんは涙を流していました。私は動かないAさんの手を握りしめ、「元気になったらまた一緒に家の掃除して、買い物して、素敵な部屋にしようね。また一緒にご飯も食べようよ!」と語りかけました。Aさんは何かを言いたそうでしたが、酸素ボンベの音にかきけされて、聞こえません。看護師さんの合図でタイムリミット。私はICUを出ました。Aさんはその数日後に亡くなりました・・・

この長い人生の中で一番楽しかったことが、私と一緒に家の掃除をしたこと・・・・・
改めて、統合失調症の方の人生というものを考えるきっかけになった出来事でした。

ちょっと横道にそれましたが、それくらい当時の私は、メンバーとともに生活をしていました。
公休日、休日、出勤日。私は常に統合失調症のメンバーと共に生活していました。

しかし、2年目に入った私に移動命令が下されます。

恐怖のアルコール病棟への移動が決まったのです。

泣きました。せっかく仲良くなったメンバーとの別れ。そしてアルコールメンバーへの恐怖。
当時、アルコール病棟で働くスタッフは、常にストレスに晒されており、心身ともに衰弱しきっている印象でした。

当然長続きするスタッフも少なく、次々と心身を壊して辞めていく・・・・

そんな病棟にド素人2年目の私が行くことになってしまったのです。 続く。

Posted by 星島一太. at 2008年09月11日00:27

目黒断酒学校①

 今月で、8年間、講師をさせていただいた「目黒断酒学校」を退くこととなりました。

 まだ、PSWとして4年目足らずの私に、思わぬ話が舞い込んできました。
 それは、目黒保健所の酒害相談の講師をやってみないか?という話でした。

 目黒保健所といえば、全国で一番早くアルコール問題に取り組み始めた保健所です。

 当時はアルコール依存症などという言葉もなく、病気としても認められていませんでした。丁度現在のギャンブル依存症と同様で、ギャンブルの問題を病院に相談しても、「それは意思や性格の問題でしょ。病院に来ても治りませんよ」と門前払いをくらうような時代でした。

 この巧妙にて不可解、そして強力なアルコール問題に対して、治療できる場所も、相談できる場所もない中、全国の家族は途方にくれていました。

 しかし、全国に先駆けて、信田さよ子先生をファシリテーターに、目黒保健所にて「目黒断酒学校」が始まります。

 すると、東京都内の一、保健所の相談に、全国からわんさかと相談者が訪れるのです。

 月に数回開催される断酒学校には、全国から噂を聞きつけた百人にも到達しそうなほどの相談者で溢れ、一種異様な雰囲気でグループが行われていたと聞きます。

 そこでアルコール依存症の知識、そして独特の家族システムを理解し、自らの気持ちに気づき、そして家族へのメッセージを自分の言葉で伝えることのできるようになった参加者は、それぞれの地域に戻り、目黒断酒学校で信田先生から学んだ知識、経験を、多くの人に語り伝ました。

 我が国のアルコール依存症家族の回復を語る上で、そして特に地域でのアルコール依存症家族療法を語る上で、絶対に外せないポイント。それが、信田先生による「目黒断酒学校」なのです。

 歌もありました。「てのひらの歌」。
 
 断酒学校の最後にはこの歌を参加者全員で歌います。

1  苦しい時には見つめてみよう
  仕事に疲れた手のひらを
  一人だけが苦しいんじゃない みんなみんな苦しんでる
   話してみようよ 語り合おうよ
   積もり積もった胸のうちを


2  悲しい時には見つめてみよう
  ひどく荒れてる手のひらを
  一人だけで泣くんじゃない じっとじっと我慢しろ
   話してみようよ 語り合おうよ
   積もり積もった胸のうちを


3  みんなで笑いあって見つめてみよう
  汗に塗れた手のひらを
  一人いては何にもできぬ みんなみんな手を結べ
   話してみようよ 語り合おうよ
   積もり積もった胸のうちを

この歌を最後に歌いながら、頑張って頑張って、頑張りぬいてきた家族の目から涙がこぼれます。
相談に来ながらも、涙を一切みせず、頑張ってきた家族の目から大粒の涙がこぼれ落ちます。

ここでの体験は東京都内のみならず、全国の断酒会あるいは家族会に継承されていきます。

その甲斐あってか、アルコール依存症は日本国内でようやく病気として認められ、日本全国にアルコール依存症専門病棟が建つようになり、地域にもアルコール専門外来診療所(クリニック)が建つようになってきました。

 そんな歴史的にも治療的にも大きな意味を持つ目黒保健所の断酒学校講師に、僕のようなど素人が呼ばれたのです。

 当時は、信田さよ子先生からASWの大先輩、豊田秀雄先生からの引き継ぎがあり、その後、私にお鉢が回ってきました。

これは、エライことで、例えるなら、美空ひばりと北島三郎の後に、その年たまたまヒット曲が出た新人が後を継ぐといった構造です。

 そして、本当にそれはエライことになっていくわけです・・・・・・

Posted by 星島一太. at 2008年09月10日17:07

皆様に重要なお知らせ

本日は皆様に重要なお知らせがあります。

ほしじまカウンセリングオフィスは、こころスペース奏(かなでのアディクション・嗜癖・依存症カウンセリング部門として新たに生まれ変わることになりました。

こころスペース奏(かなで)は、働く女性へのサポートや、法律問題に強く、またグループワークの多様性もあることから、当オフィスと連携することで、よりバラエティーに富んだ支援が可能となると思います。

そして、私についてですが、この10月より、国のあるプロジェクトに参加することとなり、そちらに専念するために、オフィスを退職せざるをえなくなりました。本当に申し訳ありません。私としても苦渋の決断でありましたが、国家として何をするべきなのか、この国に生まれて、この国のために、国民のために、そして世界のために何ができるのかを常々考えてまいりました。

「義を見てなさざるは勇なきなり」

この国全体を見据え、更には世界を見据えた行動。
私の中にある、私なり義の精神は、そこに勇をもって飛び込んで行きたい、と呟きました。
私の勝手な意見かもしれません。多くの方は勝手だと言われることと存じ上げております。

しかし、幼い頃、森林が伐採され、自然破壊が急スピードで行われている現状をまざまざと見せつけられ、愕然としたことを思い出します。考えていました。僕のような中学生が世界のためにできることは何か。国のためにできることは何か。未来のためにできることは何か。本当にいろんなことをやってきました。座り込みや署名などを一中学生が単独で行ったりもしました。

更には世界に出れば出るほど感じる国防危機。目の前で人が溺れそうになっていても境界内外如何によっては手を出すこともできない現状。これが世界的にどういうポジションになっていくのか。それでも日本という国の歴史と誇りを守るべきなのか。我が国はどのような歩みをしてきて、そしてこれからどこに行こうとしているのか。いつも考えてきました。

そして今、日本の精神保健福祉の領域において何ができるのか。
精神医療、そして福祉の現場に身を置きながら、私なりの疑問符はいつも消えることはありませんでした。
何ができるんだろう?どうしたらいいんだろう?
そしてそれが日本国民にどのような利益をもたらすのか。
更には世界全体に対してどのような利益ももたらすことができるのか。

精神医療、社会福祉、そして司法。
これまでの縦割り行政の中では、如何ともし難い現状が、各地の学会に参加するたび、世界の学会報告を聞くたび浮き彫りになってきました。

そんな中、私のような小人が、国単位で貢献できるチャンスをいただけました。

この巡ってきたチャンスに、私自身の「義」を見て、そして「勇」をもってチャレンジしたい。
その気持ちを抑えることはできませんでした。

わがままです。本当に申し訳ありません。
しかし、誠心誠意、粉骨砕身、武道、ボクシングで学んだ武士道の精神、そして精神医療、社会福祉の現場で、患者様やご関係者の皆様から学ばせていただいた貴重な経験を、新たなフィールドで生かしていきたい。そして貫き通すという硬い一念は岩をも通してやるぞという意気込みであります。

誠に勝手な言い分です。申し訳ございません。何卒ご理解いただければ幸いです。
また理解していただけるよう、たゆまぬ努力を続けていきたいと一瞬一瞬心に刻み続けていく次第です。

ほしじまカンセリングオフィスの最大のコンセプトは「正確な見立てと究極の受容」であります。
幸いにも、その意思を引き継いでくれる仲間が手を差し伸べてくれました。

長年、良きパートナー、そして最大の理解者としてお互いに刺激を請け合いながら切磋琢磨してきた、中村聡太郎精神保健福祉士が、二代目室長を引き継いでくれることになりました。

中村室長とは、前職で共にアディクション専門デイケアを立ち上げ、共に出勤前、早朝から自主勉強会を続けてきた真の同志であり、私が最も信頼している臨床家であります。非常に頭の回転が速く、感受性にも優れ、大変優秀なカウンセラーであります。近年稀に見る逸材であり、私は自信をもって室長をお任せすることができました。

今後は、中村室長を中心として、ほしじまカウンセリングオフィスを運営、そしてご利用される皆様の大きな力になってくれることを確信しております。

私自身は、この9月いっぱいももって現場から退かせていただくことになりますが、残り1か月、全力でカウンセラーとしての恩返しをさせていただきたいと考えております。

まずは略儀ながら、ブログ内にてご報告させていただきました。

本当に申し訳ありません。
そして、今後のほしじまカウンセリングオフィスを何卒よろしくお願いいたします。



星島一太



Posted by 星島一太. at 2008年09月05日02:20

アルコール関連問題ソーシャルワーカー協会

今日は、アルコール関連問題ソーシャルワーカー協会関東支部の定例会が、ほしじまカウンセリングオフィスで行われました。

アルコールのA、ソーシャルワーカーのSWをとって、通称「ASW」です。

僕は10年前からお世話になっているんですが、とにかくここに所属している先輩方がすごいんです。

そもそも精神医療や精神保健福祉というものは、昔から統合失調症(旧精神分裂病)を中心に回ってきており、それでもアルコール問題は多く、かなりの確率で出会うものの、その独特の病状(振り回され感とか巻き込まれとかパワーゲームとか)に対して、やはり専門的な技術や学問が必要で、なんだかんださまざまな歴史があって、僕らはASWの大先輩方の背中を追ってここまできているわけです。

今、アルコール関連問題を抱えているご家族は、本当にどうかかわっていいかわからないと思います。

一般的に「良し」とされていることをやればやるほど状況は悪化していくし、一生懸命になればなるほど、また状況は悪化していくし、頑張れば頑張るほど悪くなるなんて救いがまるでないと思います。

僕は最初の2年間、全くその知識を知らず、とにかく体当たりしかなかったので(福祉や医療の勉強をしてきたのではなかったので)、ご家族の皆様と同様、かなりの「巻き込まれ」を体験しました。
それはまた後ほど話せていただきますが、ASWに出会い、ASWの先輩方と出会い、そしてASWの同期と出会う中で、すごいスピードで救われたことを今でも思い出します。

今日はその大先輩と同期の桜とざっくばらんに話ができ、なんだかとっても嬉しかった。
幸せでした。

ちょっと、今日は眠くなってしまったので、ここで筆をおきます。
おやすみなさい。

Posted by 星島一太. at 2008年09月01日01:18

セックス依存症

 今日、ロイターから、「米人気ドラマ「Xファイル」への出演で知られる俳優デビッド・ドゥカブニーさん(48)【モルダー捜査官】が28日、性依存症の治療施設に入所したことを明らかにした」というニュースが入ってきました。

性依存?

初めてこの名前を聞かれた方も多いのではないかと思います。

しかしこの性依存は現在、かなり多くみられるようになってきています。私の以前勤務していた病院では、性依存の専門治療グループがあったために、多くの方が相談に訪れていました。

また当カウンセリングオフィスも、アルコールやギャンブルだけではなく、セックス依存の問題についての相談が多くよせられています。

まだまだマイナーな性依存ですが、国際的な診断基準ICD-10にもF65に性嗜好障害として、フェティシズム、フェティシズム的服装倒錯症、露出症、窃視症(のぞき)、小児性愛、サドマゾヒズム、さらにはネクロフィリア(死体愛好症)、ズーサディズム(動物加虐愛)など、多くの性嗜好障害が「病気」として認定されています。

モルダーがどの性嗜好障害に分類されているのかはわかりませんが、このような著名な方が公表されることで、多くの悩める方々の治療への道しるべとなってくれればと思います。

詳しく知りたい方は、吉岡隆先生著書の「性依存」、あるいは、パトリックカーンズ先生著書の「セックス依存症」がお勧めです。

性は人間だれしもが持つ根源的な欲求です。
アディクション問題の根っこはすべて「性」にあったと、カーンズ博士も言及しているくらいです。

このニュースをきっかけに、誤解ではなく、正しい性依存の知識が広がればいいなと願っております。


Posted by 星島一太. at 2008年08月29日23:44

お礼とお詫びと訂正



本日はあいにくの天候と列車ダイヤの乱れが残る中、会場内あふれんばかり、多くの皆様にお越しいただき、本当にありがとうございました。

正直、今日の状況だと閑古鳥かな?と思っていましたが、予想に反して皆様の熱心さ、必死さに、今一度身を引き締めてやっていかないといけないと感じさせられました。
遠くは、沖縄からわざわざいらっしゃった方もおられ、びっくりしました。

今回の企画、準備、運営とご尽力くださった世田谷保健センターの皆様に対しても、重ねてお礼申し上げます。


そして大変申し訳なかったのが、配布資料の不備がありました。
終了後、参加者の指摘でわかったことなのですが、まず、パワーポイントのアニメーションの関係で一枚が隠されていました。
レモン・ライムの前には上の写真のページが入ります。



そしてこの「ドグマからの脱却」のページでは、前者と後者が入れ替わっておりました。写真が訂正されたものです。

大変失礼いたしました。

また不明な点、ご質問などございましたら、このブログ内、右サイドバーにあります、「オフィスへメッセージ」メッセージを送るボタンからお寄せください。


今日の話の中で、少しでも皆様方のご家庭にピッタリとくるものがあればと願っております。
本日は拙いレクチャー大変失礼いたしました。

ありがとうございました。 

星島一太




Posted by 星島一太. at 2008年08月29日21:27

なんとか開催できそうです

一夜あけ、雨が上がりました!
よかったあ!!

ただ電車はまだ混乱中。
立川駅に落雷があった様子でダイヤがかなり乱れております。

本日会場に来られる方早めのご出発をお勧めします。

会場・・・・少ないんでしょうね・・・
やりとりを多く、アットホームにいきましょう!

Posted by 星島一太. at 2008年08月29日07:59

これ本当に大丈夫ですか?

ものすごい雨と雷です。

天が割れそうです。
消防車のサイレンがなりやみません。

これは明日大丈夫なんでしょうか?
果たして私は会場に辿り着けるのでしょうか?そして何人の人が会場に辿り着けるのでしょうか?

この状態が続くと本当にヤバそうですね・・・・

何よりこの記録的な大雨と雷による災害、被害が気になります。
皆さま無事でありますように。


Posted by 星島一太. at 2008年08月28日23:19

親子関係の葛藤



金曜日に詳しく説明しますが、社会的ひきこもりや、リストカット、拒食などで表現される親子の葛藤は以下のようになります。

図のように、親には当然のことながら①子どものために頑張ろうという気持ちがあります。そして子どもも③親の言うとおりに従ってがんばっていこうという気持ちがあります。

大概、小学生ぐらいまではこの①と③が程よいバランスで成り立っています。

しかし思春期のころになると、③を守れない、もう頑張れないという④の気持ちが強くなってきます。

強い緊張の中でずっと生きてきたのでしょう。①と③の気持ちが強すぎたため、肥大化し、固定化され、やがて疲れ、怒りが爆発しはじめたのです。

なるほど当然です。親の言うとおり、正しいことだけをやっていたら世の中やっていけませんから。
それに正しいことだけを押し通すと、仲間外れにされたりいじめられたりすることもあります。


親の言うとおりにやってたら、息がつまっちまうんだよ!と怒りも出てきますが、親の①が強すぎるために、なかなか④が殻を破れません。

この③と④の行ったり来たりのくすぶった葛藤が、ひきこもりや拒食という表現でもって、対処されていきます。

しかし親としてはこの表現にはビックリで、こんなに頑張って子育てしてきたのに、その結果がこれ!?という怒りと悲しみが吹き出し、①の気持ちはさらに強くなります。

よって①と④の気持ちのすれ違いが生まれ、問題はさらにこじれていきます。

解決の方法は、親が自分自身にもある②の気持ちを認めていくことです。
認めるもなにも、①があれば、自然とその裏に②があるのが当然なのですが、親自身もあまりにまじめに一生懸命、頑張って生きてきたために、あるいは様々な緊張の中で必死に生きてきたために、なかなか②を認められないのです。

認められないというより、①の気持ちしか選べないほど頑張っているのです。
必死に守り抜いてきた生き方があるのです。

②の気持ちが見えてくると、それに対応して子どもの④の気持ちとのささやかな交流が出てきます。
はっきりと伝え合うわけではありませんが、親の変化に子どもの②の気持ちはきちんと反応します。

そうすると、親には①と、それに次いで②の気持ちもあり、子どもの気持ちにも③があり、当然のように④もあり、という、ごく自然な心のありかたと心の交流がはじまります。

カウンセリングやグループを通じて、このような親の気持ちに変化が出てくると、家庭内で様々な変化がでてきます。
その交流の「流れ」たるや見事なものです。

講演会当日は、もう少し詳しくお話したいと思います。


~ホームページ~
こころスペース奏(かなで)
http://kanade.health.officelive.com

ほしじまカウンセリングオフィスhttp://hoshijima.kenko.officelive.com


参考文献:「心をはなれて人はよみがえる」 高橋和巳 筑摩書房

Posted by 星島一太. at 2008年08月27日20:07

8月29日の講演内容



8月29日(金)の講演内容

もくじ

・やさしく待っていればいいでしょうか、厳しく接すればいいのでしょうか?

・アディクション問題の解決方法

・その問題は、器質的問題なのか、心理的問題なのか

・「認識の限界」と「認識の制限」の見極め

・よく見られる混乱の例

・対処行動としてのアディクション

・心理的葛藤の位置づけ~同じ病名でもポジションによって意味は大きく変わります~

・引き金と渇望

・渇望を理解するイマジネーション

・絶対矛盾とアディクション~答えがない問題に答えをだそうとしてきた人たち~

・絶望という静けさ

・底つき?

・ドクマからの脱却

・リラプスプリベンションモデル

・RPMのプロセス

・RPMの限界

・動機付け、5つのステージ

・セルフレギュレーションモデル

・グッドライブズモデル

・図解 親子関係の葛藤

・互いを恐れる家族関係

・交流パターンを変える方法

・親と子の行き違い(1)

・夫婦(横)の関係と、親子(縦)の関係

・理解して待つということ

・子どもが欲しい言葉(気持ち)

・親子の行き違い(2)

・人間にとって病とは何なのか

以上の流れでお話していきたいと思います。


Posted by 星島一太. at 2008年08月27日15:41

依存症家族講演会のお知らせ

今週末の8月29日(金)に講演会をさせていただくことになりました。

お題は「ギャンブル・薬物・酒などでお困りの家族へ」です。

http://www.city.setagaya.tokyo.jp/040/d00018973.html

2008.8.29(金) AM10:00~12:00
世田谷区役所 第3庁舎3階 ブライトホールにて
主催・問合せ先:世田谷区総合支所 健康つくり課





Posted by 星島一太. at 2008年08月25日21:29

徳島で講演会

徳島県にて
「見張りから見守りへ」というお題で講演会をさせていただきました。

徳島の皆様、お暑い中、多くのご参加、本当にありがとうございました。

Posted by 星島一太. at 2008年08月24日12:17

光と影

小学校の頃、こんな遊びをしていました。

太陽の強い午後。
影と影を近づけていきます。

すると、ある程度近づくと影はピタっとすいつきます。



自然界には光と影という否応ない現実があって、
光があれば影が必ずできます。

そして光によってもたらされた影と影をゆっくる近づけていくと、
影は影どうしで、吸いつくようにくっつきます。


人間の心も同じようなものだと思います。

誰にだって光の心もあれば影の心もある。
それが自然だと思います。

しかし、影は近づいてきた影に自然と吸い寄せられるもの。
そんな経験を誰もがしていると思います。


たとえば「いじめ」とか「権力争いとか」

ならば光をあてればいい。
光のあたる場所に自ら行けばいい。
光がくるまで待つより、光を求めて歩き出せばいいのだと思います。
その景色に納得がいかないのなら。


生きている限り、光に当たれば必ず影ができます。
でもその影を見つめて、さらに大きな影にのみこまれそうになれば
自ら光をあてて消してあげればいいのだと思います。

そしてまた新たに影ができますが、それも自然です。
その影が美しいことだってあります。
光とのコントラストによって。

私は幸せだとか不幸だとか言っていますが
幸せならば反面不幸なこともあり
不幸であれば反面幸せなこともあるのかと思います。

幸せという光。
不幸という影。

その両方を見つめ、融合する美しさを知れば、今の僕の心も豊かになるのかもしれません。

日本庭園の石畳に映し出される木々の影。
織りなされた葉々が光をうけて石畳に映し出した光と影の濃淡は
まさに光と影が融合した芸術だと、最近感じるようになりました。

Posted by 星島一太. at 2008年08月04日22:49

お知らせ

7月24日(木)~7月28日(月)まで、出張の為、不在にしております。

よろしくお願いいたします。

Posted by 星島一太. at 2008年07月25日00:32

赤彦

ここにして遥けくもあるか夕ぐれて
なほ光ある遠山の雪
                 赤彦

アルコール依存症の回復プログラムに「俳句」や「短歌に親しむ」があった。

最初はなぜこのプログラムがあるかわからなかったが、不思議と回復が進んでいく人は、素敵な句を詠むようになる。

もともと感受性の強い人たちである。
しかしその表現が苦手である。

アルコール漬けの毎日は、道端に咲く雑草の力強さなど目にも止まらない。
しかし、アルコールが抜けてくると、ふと眼を落した先にある素晴らしき光景が心に届く。

そしてその気持ちを句にし、人に詠み聴かせる。

急いで急いで息切れをしながらアルコールを喉に流し込んでいた人が
ふうっと一息つきながら、道端にしゃがみ込んで雑草を眺めている。

回復とは・・・・・・

非常に考えさせられる。


私も急いでいるとき、少々句を詠んでみることにしている。

Posted by 星島一太. at 2008年07月24日09:23

その酒の意味は何なのか・・・



仕事帰りの一杯。
帰宅後の晩酌。

この酒にどんな意味があるのか、じっくり考えたことがあるでしょうか?
普通考えないですよね・・・

「仕事が終わったら、酒は飲むもの!翌日が健康診断でもない限り、1年365日、酒を欠かしたことはない」というサラリーマンは多いのではいでしょうか。
習慣化されてしまえば、そこにどんな気持ちがあるのかなんて、なかなか振り返る機会はないと思います。

当オフィスでは、アルコール問題で悩む方が多く訪れます。
カウンセリングがすすむうちに、ほとんどの方が口を揃えておっしゃるのが
「ダメな自分を責め続けるのがつらくて、忘れたくて、明日からまた頑張れる自分になりたくて、好きでもない酒を流し込んでいた・・・」という言葉です。

「今日一日、自分は本当によくがんばったので、自分へのご褒美として」とおっしゃる人はあまりいません。

ご褒美とおっしゃる人でも、よくよく振り返っていけば、「ダメな自分を忘れることができるご褒美」と、自分を肯定的に捉えている方がやはり少ないようです。

ダメな自分を責め、気持ちを紛らわすための酒か
愛され愛しうる自分への真のご褒美としての酒か

あなたの酒はどちらの酒でしょうか?





Posted by 星島一太. at 2008年07月13日18:01